校長室から

運動会スローガン「炎のように燃え上がれ!いっしょうけんめいゴールに向かえ~みんなに笑顔と感動を~」

 明日はいよいよ運動会です。きっと、スローガンのように、炎のように燃え上がりながらゴールに向かう松尾っ子がたくさん見られることでしょう。そして、会場にいるみんなに笑顔と感動を与えてくれることでしょう。
 保護者の皆様には、今年度の運動会もコロナ対策による午前中開催や様々な制限等をお願いいたしました。御理解・御協力をお願いいたします。
 明日は、松尾地区の宝である子ども達の躍動する姿に温かい声援を送っていただければと思います。そして子ども達と心ひとつに、思い出に残る素晴らしい運動会をつくりあげていただければ幸いです。
 
 ~運動会の歴史~
 新型コロナウイルスの影響で、残念ながら運動会の中止や延期の話を耳にする機会が増えました。子どもの頃、天気予報を確認しながら楽しみにしていたこと、そして親として子ども達の熱がこもった演技で楽しませてもらった記憶が鮮明に残っている方も多いのではないでしょうか。時に、保護者参加競技で起こる数々のハプニングも、脳裏に焼き付き忘れることができないワンシーンかもしれません。
 そもそも、運動会はどこでいつどのようにして始まったのでしょうか?
 その起源の定説はいくつかありますが、「運動会」と呼ばれる行事を初めて行ったのは、東京大学だそうです。(明治16年)
 その後、初代文部大臣の森有礼が横浜の外国人租界地で行われた陸上競技会を見物して体育教育に有効だと判断したことから、全国の小中学校で運動会を催すように訓令を出しました。しかし命令を出された時代は、まだ教育制度が定まっておらず、そもそも運動場という施設もなかったため、当時はいくつかの学校合同で神社や寺の境内を借り運動会を主催していました。
 そして、明治33年、学校に運動場を設置することが義務付けられると、全国的に小中学校でも運動会が行われるようになりました。綱引きなど、運動会に日本の伝統行事として行われてきたものが種目として取り込まれるようになったことで、小学校の運動会に住民も参加するようになっていきました。この結果、運動会が地域をあげての一大イベント、学校と地域の共同のお祭りのような性格をもつようになりました。こうして運動会には弁当を提げた地域住民が、校庭にゴザを敷いて種目に参加したり応援したりで秋の1日を楽しむ、というスタイルが定着しました。
 現在も競技内容を変化させつつも、子ども達が行事を通じて成長するという教育的目的はもちろん、子ども達の成長を地域のみんなで喜ぶ行事として行われ続けています。